｢帰って来たら癒やしてもらえるだろうか。｣

 

 

自分勝手に三津を傷付けといてこんな要求ばかりするのは良くないと分かっていても素直に甘えられるのは三津だけだから仕方ないのだ。themansky.pixnet.net

 

 

｢分かりました。膝枕ですか？｣

 

 

｢添い寝は？｣

 

 

｢お疲れの度合によります。｣

 

 

｢わ……分かった……。｣

 

 

冷たい微笑であしらわれた。ちょっと調子に乗りすぎたと反省して屯所を出た。

 

 

そして桂が戻って来たのはみんなが夕餉を食べ終えて湯浴みも済まし，寝るまでの自由な時間を過ごしている時だった。

 

 

｢これじゃ話にならんだろ！｣

 

 

玄関から桂の怒声が響いて三津と高杉がいち早く駆けつけた。玄関には普段じゃほぼ見る事のない怒り狂った桂と落ち着いてくれと縋りつく男が居た。

 

 

｢坂本さんどうした。やっぱり揉めたか。｣

 

 

高杉がまぁまぁと桂と坂本の間に入った。

三津は初めて見る坂本をじっと観察した。髷は結わずちょっとボサッとした髪を簡単に結い上げた頭と少しくたびれた着物で，また毛色の違う人間に興味津々だった。

 

 

｢話し合い以前に奴が来なかった！｣

 

 

｢あっちには中岡が付いとるしこっちに向かうっちゅう報せもきた。途中で何かあったんかも知らんきまだ裏切ったと決めつけんでもらえんかのぉ？｣

 

 

坂本は冷静に桂を宥めようとするが桂は怒りから聞く耳を持とうとしない。

 

 

｢えっ中岡さん薩摩の人と一緒なんですか？｣

 

 

久しぶりに聞いた中岡の名に思わず三津は反応してしまった。すると坂本のほっそりした狐のような目が三津を捉えた。

 

 

｢お嬢ちゃん中岡を知っちゅうが？｣

 

 

｢あっはい！京の藩邸で一度お会いしました。

あの，ここじゃなんですからどうぞ中に。小五郎さん何か食べはりました？お味噌汁とおにぎりでよければすぐ用意出来ます。｣

 

 

｢あぁ……頼む。｣

 

 

額に手を当てて不機嫌な溜息をつく桂を見て三津はくいくいと袖を引っ張った。そして背伸びをして桂にこそこそと耳打ちをした。

それから桂は背筋を伸ばして軽く咳払いをして不機嫌だった空気を少しだけ取っ払った。

 

 

｢……坂本君も一緒に食べるといい。三津，頼んだ。｣

 

 

桂は坂本を連れて客間へと入って行った。

 

 

｢三津さん何言ったそ？｣

 

 

高杉が不思議そうに見つめてくるから内緒だと笑って台所へ向かった。

三津が二人分の膳を持って客間に行くと入江と文とフサが紛れ込んでいた。

 

 

｢いやぁ入江君が生きとるのは風の噂で聞いちゅうがここで会えるとは思わんかったき感激じゃ！それに久坂君の奥方に吉田君の妹さんまでおるとは！｣

 

 

桂と違って坂本は今日はいい日だと上機嫌だった。さっきよりマシだがまだムスッとしている桂の傍に三津が近付いた。

 

 

｢お待たせしましたどうぞ。｣

 

 

三津が顔を覗き込むと弱々しく笑ってありがとうと呟いた。

 

 

｢坂本さん，西郷が来なかった理由に心当たりはあるそ？｣

 

 

高杉はいつになく真剣な眼差しで坂本を見据えた。

 

 

｢分からんが西郷さんがこちらより優先せにゃいかん何かが起こったんは間違いないじゃろ。｣

 

 

｢私はこれ以上あの男を待つつもりは無いぞ。｣

 

 

｢桂さん気持ちは分からんでもないがそれやと長州に先がなくなる。｣

 

 

折れる気のない桂と困り果てた坂本を三津は交互に見た。｢もし……中岡さん達の身に何かあったんやなくて無事なら何か便りは届きますか？｣

 

 

いつもなら立場を弁えて口を出さないが三津はあえて会話に入った。

 

 

｢ある。何か一報は必ずある。｣

 

 

自信たっぷりに言いきった坂本を見て三津は笑みを浮かべた。

 

 

｢信頼してはるんですね。｣

 

 

坂本はそれにも当たり前じゃと言いきってにぃっと歯を見せて笑った。

 

 

｢小五郎さん，坂本さんは中岡さんを信じてます。中岡さんもこの話し合いが上手くいくと信じてあちらの方と一緒にここに向かってたはずです。そこは信じてもいいんやないですか？

ここはあちら側に何か予期せぬ事態が起こったんやって思う事にしません？｣