眉間にシワを寄せて見下ろしてくる鬼に向かって，何でもないと首を振った。

 

 

「何か用ですか？」

 

 

「そんなもんねぇよ。歩いてたら目障りな奴が真ん前を歩いてやがるから邪魔だと教えてやろうとしたまでだ。」themansky.pixnet.net

 

 

『こんな人が縁を紡ぐやなんてとんでもないな…。

悪縁ばっか持って来るわ…。』

 

 

じっとりした目で土方を見上げてしまった。

 

 

「誰に向かってそんな目してやがる。

お前は暇そうだな。ちょっと付き合えや。」

 

 

そう言って土方は三津の横を通り過ぎ，三歩前を歩き出した。

 

 

「えっ，今から帰るんですけど！」

 

 

「断る権利はねぇよ。」

 

 

振り向き様に切れ長の目が笑みを浮かべた。どこまでも勝手なんだ。

誘っておいてどんどん前を歩いて行く。

 

 

「どこ行くんですかっ！」

 

 

その呼びかけにも土方は反応しない。

 

 

「っ！もうっ!!」

 

 

三津は小走りで駆け寄りながら右手を伸ばした。

土方の着物を掴みたかった。

でもその手は空を切って，代わり大きな手に掴まれた。

 

 

見上げれば妖しげな流し目と目が合う。

こうやって走ってついて来るのはお見通しだと言ってる目。

 

 

「ちょっと寄ってく。」

 

 

土方が顎で示した先は甘味屋。

三津の手を引いたまま，土方は店内を覗いた。

 

 

「失礼，旦那悪いがこいつ借りるぜ。」

 

 

『一回こんな事あったな…。』

 

 

記憶が正しければ功助もトキもこう言うんだ。

 

 

「どうぞどうぞっ！」

 

 

『ほらやっぱり。でもこれも縁ってヤツなんかな？』

 

 

色恋沙汰の縁じゃなくても，今この時にばったり出会うなんて何かあるのか。

 

 

三津が考えてるうちに土方はどんどん事を進める。

 

 

「どこ行くんですか？」

 

 

「美味いもん食わしてやる。」

 

 

『そう言えば喜んでついて来るって思ってはるんやろな…。』

 

 

あからさまに疑いの眼差しを向けると，いつも通り口角を持ち上げた。

 

 

一度吉田に連れて行かれた。

無駄に着飾って，高級そうな料亭で舌鼓を打ったのを思い出す。

 

 

『こんな貧相な娘をそんな所に連れてく訳ないやろ。

だって土方さんやもん。』

 

 

土方となら蕎麦屋ぐらいが丁度いい。

そう考えれば気が楽だなと悠長に背中を追いかけていたが，

 

 

「何でここ？」

 

 

軒先には“料理処”と看板が掲げられている。

 

 

「貸座敷があるからだ。」

 

 

「へぇー…。」

 

 

「へぇーってなぁ…お前。」

 

 

何にも分かってない三津の呆けた横顔を見て後頭部をガシガシ掻いた。

 

 

「まぁいい来い。」

 

 

「はぁーい。」

 

 

気の抜けた返事に思わず拳骨を見舞いたくなったが，グッと堪えて中に入った。

 

 

二階の貸座敷に通され三津は珍しそうに部屋を見渡した。

 

 

「相変わらず落ち着きのねぇガキだ。

まぁこんな所どうせ来る事ねぇだろうからな。」

 

 

「そうですね，そんな所に何で私を連れて来たんです？」

 

 

まさか説教じゃないですよねって笑うけど，裏があるには違いない。内心ビクビクしていた。

 

 

「お前にしては勘がいいじゃねぇか。

どうしても話がしたくてよ。お前と二人でな。」じゃあ最初からここへ来るつもりで，捕まえようと待ち伏せてたのかも。

 

 

「嫌やな，それやったら偶然なんか装わんと声かけてくださいよ。」

 

 

「お前を見つけたのは偶然だ。

わざわざお前と話すだけの為にこの俺が時間割く訳ねぇだろうが。自惚れてんじゃねぇ。」

 

 

「すみません…。」

 

 

『あぁそうだ，偶然だ。

だから思わず捕まえたくなったんだよ。』

 

 

二人で話したいだなんて後付けだ。

そんなつもりは無かった。

 

 

それでも捕まえておかないと，繋ぎ留めておかないと駄目だって。

本能が体を動かした。

 

 

三津を屯所から追い出して，ひたすら後悔した。

 

 

甘味屋での暮らしがいいと戻って来ない気がした。

負けず嫌い，意地っ張りの三津だけど，今回は食い下がってこないかもしれない。

 

 

「ちったぁ頭は冷えたか？」

 

 

真面目な話だと汲み取ったのか，三津は土方の正面に正座をした。

 

 

「まだ…。」

 

 

力無く首を左右に振った。

一呼吸置いて三津の真っすぐな目は土方を見つめた。

 

 

「考え直す気はありませんって顔してやがるな。」

 

 

それも予想の範囲内。頑固なのはお互い様だ。

 

 

「その強気な態度，嫌いじゃないぜ？」