｢何故お前が此処に居る。何故……他の奴らのように逃げないんだ｣

 

 

　責めるような、悲しむようなそれに永倉の顔を見ることが出来ず、藤堂は視線を伏せる。

 

｢何故って…………。生髮水 伊東先生が殺されたんだよ？来ない訳にはいかないでしょ。……それに、俺に出来ることはこれくらいしか残っていないからサ｣

 

 

　どこか諦めたような声色に、永倉は眉間を寄せた。そして鞘に添えた左手で鯉口を切る。

 

 

｢そうか。…………構えろ、平助。お前の本気は剣で問う｣

 

｢…………うん｣

 

 

　その言葉に、藤堂は刀を平正眼に構え直した。

 

 

 

 

　仕掛けたのは永倉である。足を踏み出したと思うと、素早くも力強い一撃が振り降ろされた。藤堂はそれを紙一重で躱すと、胴を狙って薙ぐ。しかし、それは難無く避けられたと思えば、すぐに刃を返して逆袈裟に切り上げられた。

 

　辛うじて避けたが、藤堂の顎の先をぴりっとした痛みが走る。後ろへ飛び退いては間合いを取った。肩で息をしながら、暗闇に浮かぶ炎の化身のようなを見やる。

 

 

　神道無念流のどこまでも豪快で力のある剣技は、いつ見ても惚れ惚れとした。ましてや、気心の知れた彼に斬り殺されるのであれば、それは武士としても藤堂平助個人としても、本望ではないか──。

 

 

　彼のそんな心中も知らず、永倉は間合いを詰めると、再度上段から刀を振り下ろす。

 

 

 

 

──ごめん、新八さん。

 

 

 

　藤堂はフッと力を抜くと、構えを解いて腕を降ろした。右手に括りつけた紐を解いては刀を地面へ落とす。そして訪れる死を待つように、目を瞑った。　しかし、いつまで経ってもその衝撃は襲っては来ない。

 

　恐る恐ると目を開くと、目の前には振り下ろそうとした右腕を自らの左手で掴み、目頭に涙を溜めた永倉の姿があった。

 

 

｢…………新八さ、｣

 

 

　声をかけた瞬間、永倉は刀を納めると藤堂の胸ぐらを掴む。その勢いで地面へ押し倒した。

 

 

 

｢…………バカヤロウ｣

 

 

　ぽたりと藤堂の頬に雫が落ちる。

 

 

｢平助の馬鹿野郎ッ！！！｣

 

 

　その声と同時にガッという鈍い音と共に頬が張られた。じんじんと痛み出す。

 

 

｢何、生きることを諦めようとしてやがんだッ！てめえの信念って奴ァ、その程度だったのか！｣

 

 

　獣の咆哮の如く、永倉は吼えた。共に池田屋を駆け抜けた友が命を捨てようとしている姿は、どうも我慢がならない。

 

　こんな最期を迎えさせるために、あの春の日に送り出した訳ではなかったのだ。

 

 

｢おれに、お前をッ、殺させようとすんじゃねえ！戦い抜いた武士じゃなくて、藤堂平助を、殺すことなんざ出来る訳がねえだろうがッ！｣

 

 

　悲痛な叫びに、藤堂は顔を歪める。どれだけ自分が残酷な真似をしたのか、今更になって罪の意識が芽生えだした。

 

　だが、それよりも胸の奥深くにドロドロと渦巻く痛みの方が騒ぎ出す。

 

 

｢…………ごめん、けど……、おれ、もう死にたいんだよ……｣

 

 

　絞り出された声は驚く程に力無い。

 

　ふと雲の隙間から青白い月が覗き、藤堂の表情を照らした。それを見るなり、永倉は顔を背けたくなるような心地に襲われる。あれほど常に楽しそうに笑い、周囲を照らす花のような男の瞳には孤独と絶望に覆われていた。

 

 

｢何故…………｣

 

｢何故って……。何もかも俺のせいだから。一番最初に浪士組の話しを持ってきたのも……、伊東先生を連れて来たのも、坂本先生が死んだ切っ掛けを作ったのも、俺なんだよぉ！俺が居なければ、山南さんも伊東先生も、坂本先生も死ななかったのにッ！！｣

 

 

　一度溢れ出した感情は止まることを知らない。

 

 

　全ては偶然であり、ただの切っ掛けに過ぎなかったのだろうが、大切な人々が死んでいく現実に藤堂の心は耐えきれなかった。ここで仲間のために死ぬ事が、せめてもの贖罪になると信じたかったのだ。

 

 

　幼子のように肩を揺らしながら、ボロボロと涙を流す。遠くで金属音が聞こえた。まだ誰かが必死に戦っていると分かっているが、身体が動かない。