次の日の朝ーー

 

詩は眠れぬ夜を、褥の中で過ごしていた。

 

怒っていた…？…信継様。

ーーでも、それでも、自分は…自分の気持ちはーー

 

「…あれ？」

 

目が覚めたらしい仁丸が、むくりと起き上がると不思議そうに詩を見た。

 

「信継兄様は…」

 

詩も褥の上に正座する。

 

「仁丸様、おはようございます。

 

信継様は…夜半、帰られたようです」

 

「…帰ったんですか？」

 

仁丸は狐につままれたような顔で詩を見た。

 

詩はコクンと頷く。

 

「…」

 

その顔を、仁丸がじっと見つめていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「きっと2、3日うちには戦になると思います」

 

離れの前で、支度を終えた仁丸が詩を見た。

 

「留守の間、残り組の爺に桜のことは頼んであります。

 

此度の戦は大きいです。僕も出陣します。

 

高島城には来させませんが…

 

桜もどうか、気を付けて」

 

仁丸が心配そうに詩を見つめた。

 

「出立までは、ここに通いますね」

 

「はい…」

 

詩は小さく頷く。

 

仁丸がニコッと笑った。

 

「…僕の桜」

 

「…」

 

仁丸が詩の手を取る。

 

「それ、使ってくれて嬉しいです」

 

仁丸が組みひもを見る。

詩の長い髪は、組みひもできれいに結われていた。

 

「ありがとうございます」

 

「…桜、僕たちはまだ若いし、僕は先を急いではいません」

 

仁丸が真っ赤になって詩を見つめる。

 

「…」

 

「ただ…」

 

「…」

 

「この戦から帰ったら、1つ、褒美をください」

 

「…」

 

詩は何も言えず、困って目を伏せる。

望まれても、何もーーここを離れたい自分に、出来ることはなさそうだった。

 

「…」

 

仁丸はまたニコッと微笑んだ。

 

「『褒美』の内容は、また言います。戦から、帰ったら」

 

「…」

 

「また、夜に」

 

「はい…」

 

詩が頭を下げる。仁丸が去っていく。

 

見送ると、詩は離れの外をそのまま散策した。

 

ーー夕べのことーー

 

なぜ、こんなに気になるのか。

 

落ち葉がキレイに地面を彩っている。

赤や黄色ーー苔むした岩。

水面に散る色。

 

信継様の顔ーーあの声ーー

 

詩はギュッと胸元を握った。

 

あの言葉ーー

 

 

『お前ひとり…どうにもできないのに

そんな俺に、この高島が守れるのか』

 

『お前の気持ちは、よくわかった』

 

 

突き放された気がするーーいや、それでいいはず。

 

何故かわからないまま、胸がモヤモヤする。

 

自分はここを出たい。

 

ここ以外のどこかで、平穏に生きられればいいはず。

 

お竹さんとお梅さんとーー

牙蔵さんが会わせてくれると言った2人と会って

 

それから3人で何とかどうにかしてここ、高島城を出てーー

 

「…」

 

その先を想像できない。

何故か、詩の心は重かった。

 

 

『…初めて見た時から、桜が好きだ』

 

 

信継の瞳ーー詩はざわざわする胸をおさえて、はらりはらりと落ち続ける紅葉の葉を見ていたーー。ーーーーー

 

沖田城。

 

 

「西の方様」

 

侍女から殿に呼ばれていると言われ、美和は気怠いカラダを起こした。

 

「…殿がお呼びなのですか？

今朝は気分が悪くて…何用でしょう…」

 

「お客様のようです」

 

陽は高い。

美和は侍女に手伝わせて、着替え、紅を引き、素早く整容した。

 

夕べのことは夢のようだった。

だが、カラダに残る感覚ーーそれが、夢ではないと伝えている。

 

あのお方ーー今夜も来てくれないものか…どこの誰かも知らぬーー

 

いや、夕べだけだ…たまたま殿のお召しがなかったのはーー

だって、殿は毎晩…

 

殿には…私だけ…なのに…

 

美和の目が遠くを見つめる。

 

…今は…会いたくない…

 

美和は侍女に先導され、重い足取りで広間に向かった。

 

取り次がれ、中に入ると、美和は一瞬固まり、目を見開いた。

 

ーーえっ…

 

「ああ、こちらに来なさい」

 

入り口で一旦平伏すると、沖田家の当主、沖田龍虎が笑顔で美和を呼ぶ。

美和はおずおずと立ち上がり、龍虎の横に座った。

 

ーーな、ぜーー

 

下座ーー広間の中央で頭を下げているのは、間違いなく夕べの男だった。

 

美和は動揺し、夕べの記憶に赤くなったり青くなったりしながら、恐れるように龍虎と牙蔵を交互に盗み見る。

 

さすがに、不貞ーー夕べのことを龍虎が知って、許すはずはない。

龍虎は非常に嫉妬深い、恐ろしい男だ。

鋭{