「仕方ないな。王女に相談してみるか。」

「王女様の身に危険が及ばないかなあ？」

「この娘の服を脱がせて武器の類を取り上げておけば、まあ大丈夫だろう。」

「ええ、ハンベエ、ハイジラを裸にしちゃうのお？」

「それが出来ないから、王女に頼むんだろう。」

「ああ、そうかあ。ハンベエ初心だもんね。」

　全くロキの言い様にはハンベエも苦笑する外無い。

　本陣の陣屋の中に入ると大きめの天幕が有り、特別遊撃隊の面々が警護に当たっている。

「王女に相談事が有るのだが。」

　ハンベエは兵に告げた。

　すぐにエレナ本人が天幕を開けて姿を現した。鎧は着しておらず、乗馬服姿だ。

「何用かしら。」

　とエレナは明るい声で言った。今日のエレナは見違えるように生き生きとした微笑みを顔に浮かべている。これまでは美しくはあったが、何処か憂いの翳を感じさせるところが有った。それが消えて、柔らかな陽射しのような笑みになっていた。何かが吹っ切れたように見えるのだ。

「ここでは不味いので、中で。」

　ハンベエがそう言うと、エレナはハイジラを抱えたままのハンベエとロキを天幕の中に招き入れた。

　天幕の中には侍女達が控えていた。ゲッソリナからの出撃に当たり、侍女頭のソルティアを含む五人の侍女がエレナの供として付いて来ている。戦力的にはむしろ足手纏いなのだが、王女の身の回りの世話ばかりはむさ苦しい野郎共には任せられないので、仕方の無い事であった。ハンベエはエレナに人払いを頼み、侍女連は天幕の外に出された。

「それではこの子は。」

　とハンベエから一部始終を聞いたエレナが横たえられているハイジラに眼をやって小声で言った。

「ああ、敵方の刺客だ。」

「こんな幼子が。痛ましい事ですね。それにしてもハンベエさん、よくぞこの子を斬らずに我慢してくれましたね。私はそれがとても嬉しいです。」

「元々俺だって誰でも彼でも斬り捨てて来たわけじゃねえ。」

　エレナの言葉にハンベエは不機嫌に言い返した。

「そうでしたかしら･･････そうでしたわね。でも、私はハンベエさんにはどんな修羅場の中でもその優しい心を忘れないで居て欲しいのです。」

「･･････。」

　勝手な期待をされても困るぜ、とハンベエは心の内で毒づいている。「では、この子が危険な物を持っていないか調べますから、お二人は外に出て下さい。済んだら、お呼びします。」

「危険だぞ。」

「でも、ハンベエさん自身が調べられなくて困り果て、私に相談に来たのでしょう。それに私の腕も信頼してくれているのでしょう。ねえ、お師匠様。」

　とエレナはクスリと笑って軽口を叩いた。

「･･････。お師匠様には閉口だ。二度と呼ばないでくれ。だが、王女の言う通りだったな。」

　ハンベエは真顔で言って、ロキと二人天幕から出た。横たわっているハイジラは気を失ったままで目覚める危険は一向に無さそうであった。ハンベエの与えた衝撃が余程強烈なものであったようだ。

　天幕を出ると、ヒューゴが来ていた。

「よお、ハンベエ。今日は村長のところで何してたんだ。面白そうな話なら一口乗せてくれよ。」

　と言ってきた。クロノ原で斬り捲って腕前についての自信を深めた為か、暴れたくてウズウズしている様子だ。

「さてな。お前には残念かも知れないが、今のところ概ね順調だ。出番はボルマンスクでかな。」

　ハンベエはそう言った直後、何かの気配を感じて篝火の向こうの闇に目を光らせた。

　それから、ロキを後に庇うように一歩踏み出し、

「次から次へと。今日は全く何て日だ。」

　とぼやくように呟いた。

「相手は一人だな。俺が相手しても良いか。クロノ原の後、腕が鳴ってしょうが無い。」

　ヒューゴも何かに気付いたらしく、腰の剣に手をやっていた。

「いや、ヒューゴは王女の身辺を護ってくれ。こいつは俺の敵っぽい。」

　ハンベエはそう言って、前方の闇に目を向けたまま足早に歩き出した。