ソコハケン平野はボルマンスクからゲッソリナに迎う街道の途中に有る原野であった。街道から少し横に逸れた草木のほとんど無い平地であった。五万の軍勢が野営をしても十分な広さを持っている。ボルマンスク宮殿からは八十キロほどゲッソリナ方向に進むが、まだまだボルマンスクに近い位置だ。小朋友學英文「我等だけ先に進軍するのですか。」ノーバーはほんの僅かではあるが不満な雰囲気を漂わせた。「何しろ、十七万の大軍勢だ。いっぺんに進発しても混乱が生じる。それに、敵の備えも完全に分かっているとも言い難い。順次兵站線を構築しながら進攻して行き、ゲッソリナにある程度近い所で全軍を集結させる。そちらの軍勢は士気旺盛であるから、先だって街道を確保し、ゲッソリナからの侵攻の有無を見極めながら先行する任を担ってもらう。ソコハケン平野まで王女の軍が侵攻して来る事などは考えられないから、先ずはそこを起点に街道を順々に確保しながら進んでもらい、後続軍を送り込んで行く予定である。」諸氏等の軍勢は既に進発する準備は出来ているのであったな。」ゴルゾーラはノーバーに改まった口調で尋ねた。「はい、殿下の命令あれば直ぐにでも動けます。」恭しく片膝をついての姿勢でノーバーは答えた。「では、先発軍としてソコハケン平野への進駐を命ずる。そこで野営を張り、ゲッソリナ方面への斥候を行ってもらう。」「ノーバー卿、我が軍のゲッソリナ侵攻準備も後十日余りで整う。 これまで太子と貴族の間に作戦上の打合せは全く無かった。進攻準備が整うまでに作戦会議が有るものとものと考えていたノーバーからすれば、ゴルゾーラのこの命令はいきなり過ぎて、明確な作戦意図に基づいて発せられているのか疑わしいものであった。(太子は我等貴族一党だけを王女の軍と戦わせて兵力を消耗させ、あわよくば共倒れを狙っているのでは無いのか。)当然のようにノーバーは疑念を懐くが、今まで王女誅伐を先導して来た手前先陣に立つのを断る事は出来ない。「承知しました。では、明日我等五万の貴族軍は出立します。」「うむ、連絡員としてマッコレとその部下百二十五名を同道させるので出発前に此処に迎えの者を寄越すように。」 ゴルゾーラはそう命じた。連絡員と言ったが、要は監視の為のものであり、軍監察である。 マッコレも又ナーザレフ配下の十二神将の一人であった。ノーバーが貴族軍一統にゴルゾーラからの進軍指示を周知させるためボルマンスク宮殿を後にすると、ゴルゾーラはナーザレフに向かって命じた。「ノーバーの部隊に移動を命じてモスカの存在を炙り出すというそちの提案通りにしたぞ。速やかに、移動するノーバーの部隊にモスカが潜んでいないか。或いは、退去したノーバー達の住居におけるモスカの残留又は痕跡の有無を調査して報告せよ。」この五日間ナーザレフ配下のタンニル指揮の部隊がノーバー周辺の監視を行っていたが、『モスカ夫人の動向一切不明』という結果であった。ゴルゾーラのノーバーへの軍移動命令は、単にゲッソリナ侵攻の為の前段階としてだけのものではなく、モスカ夫人の炙り出しという意図も帯びていたのである。「お任せください。必ずやモスカ夫人を捕らえて見せましょう。」かくして現在ノーバーの仮住まいを密かに包囲監視中のタンニルの部隊の増強が図られた。