イザベラはレンホーセン達の騎馬部隊に別の場所に潜ませたままステルポイジャン軍の動きを探り、伏兵として彼等を配置するのに適当な場所を探していたのだった。. ステルポイジャン達が陣地をハンベエ達のすぐ近くに移したのを見て、丁度具合の良さそうなこの山を見付けて様子を探っていたのである。山には誰もいなかった。year 7 international schoolステルポイジャン軍が兵士を配置しているかも知れないと思ったが杞憂のようであった。対陣六日目までは周囲に斥候を放って周りを隈なく調べさせていたステルポイジャン軍も、どうやらタゴゴローム軍に伏兵はいないと高を括ったらしい。丁度、ステルポイジャン軍の本営が良く見えて不意打ちを喰わせるには良い場所であった。しかし、目の前の坂が急峻過ぎた。果たしてこの坂をレンホーセン達は掛け降る事が可能か。・・・とイザベラは思案しながら、先程の忿懣を漏らしたのである。「娘ごよ。そなたハンベエの縁者かな。」不意に背後から声が掛かった。背後の木の上からであった。反射的に身を翻したイザベラの前に、ふわりと木から飛び降りて来た者がいた。「何奴っ。」小さく叫びながら、イザベラは手練の鉄芯を放った。が、その人物は少しも動ずる事なく、「これこれ、逸るでない。」と暢気な様子で言った。見れば、イザベラの鉄芯はその人物の左手に握り取られていた。老人であった。白髪白髭齢七十前後の風采であるが、立ち姿は壮者を思わせる。「ちっ。」
イザベラは腰の剣に手を掛けようとしたが、その瞬間に自分を取り巻く空気が異様に重くなったように感じて身動きが取れなくなってしまった。(金縛り!)イザベラの体をどっと冷たい汗が流れた。. (斬られる。)脂汗(あぶらあせ)を流しながら、イザベラは焦った。 不覚にも金縛りの術をまともに喰らったらしく、一切の身動きが出来ないのだ。息が詰まって肺が押し潰されそうだ。グラマラスな二つの胸の膨らみが鉛にでもなったかのように重く感じられる。それにしてもこのアタシが、いともた易く金縛りを喰らってしまうとは、この爺さん一体何者なのか。イザベラは歯噛みする思いだった。 老人は緩やかな足取りで近付いて来た。(くっ、駄目だ。やられる。)迫り来る老人を前に、イザベラは覚悟を決め掛けた。その瞬間、ふっと体が楽になった。 金縛りが解けたのだ。イザベラが術を破ったわけではない。老人が術を解いたのだ。「ワシは敵ではない。」そう言って老人はイザベラの投げ付けた鉄芯を差し出した。金縛りの解けたイザベラは腰の刀に手を掛けて身構えたが、相手に一分の隙も無いのを見てとると、怖ず怖ずと老人の差し出す鉄芯を受け取った。金縛りは解かれたが、底の知れない老人の威圧感に下手に動けない。いや何、武術の心得のない普通の人間にして見ればただの年老いたおっさんがつっ立っているようにしか見えないのだが、なまじ腕に覚えが有るばかりに老人の凄さが分かり、身動きならない様子のイザベラであった。「そう身構えんでも良い。何度も申すようじゃが、ワシは敵ではない。それにしてもハンベエの奴め、世間に出て半年余りでこんな見目好い娘ごとネンゴロになっているとは隅に置けぬ男だ。」飄々とした口調で老人が言う。神韻飄々(しんいんひょうびょう)という言葉が有るが、今のこの老人にこそ相応しいように思える。そして又、確かに押し潰されそうなほどの威圧感はあるのだが、『敵ではない』と言うとおり殺気は感じられない。. 見目好い娘ごと言われてイザベラは少し気分を良くしていた。お世辞を言われて心が動くようなおぼこいイザベラではないのだが、目の前の老人に言われた言葉は何故かすーっと胸の中に忍び込んで来たのだ。