「漸く、覚悟を決めたようでござるな、ハンベエ。とっとと、あの世に行くが良いでござる。」「その前に今一度聞いておく。やはり、こっちに鞍替えする気にはならねえか。」「くどうでござる。それより、見苦しく逃げ回らず掛かって来よ!」「それじゃあ一つ、冥土の土産に必殺技でもくれてやろうか。秘奥義、狼炎撃砕破。受けてみるがいいぜ。」「ろうえん・・・・・・げきさいは?聞いた事も無い技でごさるな。」「だろうな。今、考えたんだからよ。行くぜっ。」ハンベエはそう言って不敵に笑うと、右肩に刀の峰を担ぐようにしてテッフネール目掛けてつっ走った。心得たり、とテッフネールもハンベエ目掛けて走った、太陽を背に負って。テッフネールとしては、あくまで優位に立っての攻撃のつもりであった。だがこの時、天が味方したのか、試管嬰兒過程それともハンベエの気迫が呼び寄せたのか、或いは又、研ぎ澄まされたハンベエの五感が予め予測したものか、ハンベエの背後から突風が起こり、激しく土煙を舞い上げた。 一瞬の土煙が収まった時には、両者駆け違って、所を替えていた二人同時に背後を振り返って相手を見る。「信じられぬ。・・・・・・有り得ぬ。」そう言ったのはテッフネールであった。左の肩口から右横腹にかけてざっくりと斬られ、肉が白身を晒していた。更に、右の腕が前椀の中程から切り離され、刀を握ったまま、ぶら下がっている。その上、そのテッフネールの刀と云えば、半ばでへし折れ、いいや、半ば以上の部分を切り飛ばされていたのである。「みどもの方が強いはず・・・・・・」テッフネールは傷の痛みをまるで感じぬように言った。その頃になって漸く、斬られた傷口の断面からプツッ、プツッ、と血が滲み始めていた。「よろず、全てのものは移り行く、今日の俺はこの前の俺じゃ無かったって事よ。」ハンベエは少し怠そうに言った。既に構えを解き、『ヨシミツ』をぶら下げるような持ち方に変えていた。「不覚、見誤ったでござるか。・・・・・・トドメをさすがよい。」「その傷では、後五分もしたらくたばるだろう。下手に近付いて、最終奥義とか出されたら面倒なんで、このまま、立ち去らせてもらう。後で兵士に言って、丁重に葬らせるから、辞世の句でもとなえるんだな。」「遂に、フデンに及ばずか・・・・・・無念でござる。」テッフネールはそう言って腰を降ろし、左手に握っていた太刀を投げ出すと仰向けになった。それを見て、ハンベエは無表情にその場を去るべく歩き出した。何故、ハンベエは勝ち得たのだろうか?色々と勝因の理屈付けは出来るであろうが、結局のところ、どちらが勝ってもおかしくはない勝負であったような気もする。ハンベエが必殺技と言ったは所詮子供だまし。狼炎撃砕破などと勿体振った名を出したが、かっ飛び力任せでも何でも良かったに違いない。ただ、走り、斜め降ろしに剣を振るっただけの事であった。敵のテッフネールも同じように動いた。にも拘わらず、ハンベエの太刀は相手を刀ごと両断したのであった。強いて云えば、ハンベエの斬撃がテッフネールに立ち勝った・・・・・・そういう事なのであろう。それ、剣は瞬速、心、技、力の一致。テッフネールはもう去って行くハンベエの姿を見ていなかった。空に浮かぶ雲の姿がぼやけ、意識が霞んで行くのを感じながら、(みどもの生涯は何であったのでござろうや・・・・・・太后モスカはみどもをヨミの国に突き落とす為に現れた妖怪変化に過ぎなかったのでござろうか?)とぼんやりと思っていた。「もう、出て来ていいぞ。ロキ。」原っぱを出る間際にハンベエは言った。すると、(くさむら)からススキを押し分けてロキが顔を出した。「エヘヘヘ、知ってたんだあ。オイラが付いて来てた事。」「当たり前だ。第一、俺の闘ってる時に、大人しく部屋で待ってるロキでも有るまい。」「今度もやっぱりハンベエが勝ったんだけど。・・・・・・いやオイラ、ハンベエがやられちゃうなんて、カケラも思って無かったけど。・・・・・・テッフネールって手強かったよねえ。ハンベエは何で自信満々だったわけ?」