生温い風が岸壁を吹き上がってくる。その風は、岸壁に当たって砕け散る海の香りを含んでいた。1558年、晩夏。(陳秀、今年は帰ってこねぇのかな…。)連日、
保濕精華 双嶼復興のために走り回っていたたっつんは、塵芥にまみれた服装のまま、双嶼島の南端から海を眺めていた。これまでの、たっつんや海の民の尽力で、双嶼の景観もいくらか変わり、港も復旧し、不恰好ながら密貿易が始められる規模までに整ってきた。しかし、常にたっつんの脇を固めていた頼もしい男、陳秀の姿は、その双嶼の景観の中にいない。先立って、この組織を維持するために収入を確保しに向かった陳秀は、半年が経ったこの時に至っても帰ってはいなかった。かといって死んだという報せも届かない。それどころか、定期的に荷物を積んで戻ってくる少数の仲間がいる事から、無事でいる事はたしかであろう。だが、(夏までには戻ってくる予定だったはずだ…。まさか、律儀な陳秀が…何かあったのかなぁ。)そろそろ夏も終わるこの時になってたっつんは、そんな事を考えていた。攻めてくると思っていた官軍が攻めてこない上、約束を破った事が無い陳秀までもが戻ってこない。海獅子の名を偉大にするという誓いを陳秀と立てたたっつんは、双嶼再興に奔走したが、当初覚悟していた困難もないまま再興が成りつつある事に一種の徒労感のようなモノを感じていた