これ以上目を合わせたら、危険な気がした。

 

「別の所で飲み直さない？正直、飲み足りないだろ」

 

「……いいけど」

 

「近くに僕の友人がやっ經血過多 てる店があるんだ。そこでもいい？」

 

今から店を探すのも面倒だったため、久我さんに決めてもらった方が楽でいい。

それに、彼の友人がどんな人なのかも気になるところだ。

 

私は素直に頷き、彼の隣に並んで歩き始めた。

 

「それと、さっきの三千円返すよ」

 

「返さなくていいわよ。私が自分で飲み食べした分だし」

 

「いいから」

 

これはきっと、何度断ってもしつこく粘られるだろう。

仕方なく私は彼のご厚意に甘え、手渡されたお金を自分の財布に戻した。

 

「じゃあ、遠慮なく。ごちそうさまでした」

 

「どういたしまして」

 

久我さんは私を見つめながら、ふっと柔らかな笑みを浮かべた。

 

この人、こんなに柔らかく笑う人だっただろうか。

そんなことを思っていると、意外にも早く目的の店にたどり着いた。

 

「ここだよ」

 

すすきのの雑居ビルの八階に、その店は入っていた。

そこはカウンター数席とテーブル席が二席しかない小さなバーで、カウンターの中にはいかにもモテそうな長髪の男が数名の客の相手をしていた。

 

「テーブル席は空いてないか。奥のカウンターでもいい？」

 

「ん、どこでもいい」

 

ちょうど奥のカウンター席が二席空いていたため、私たちは並んで座った。

するとすぐに、久我さんの友人だと思われる長髪の男性が私たちの前にやって来た。

 

「いらっしゃいませ。お前が女性を連れてくるなんて、初めてだな」

 

「そうだったかな。彼は大学の頃からの友人の、近藤」

 

「初めまして。桜崎です」

 

この二人、大学の頃から絶対モテまくっていたに違いない。

うちの病院にこんな人がいたら、ほとんどの女性スタッフが狙いにいくだろう。「桜崎さん、何飲む？僕はギムレットにしようかな」

 

「私はオレンジ系が飲みたいから、ミモザにする」

 

「了解」

 

店内には結構人がいるのに、決して騒がしくない店内。

ジャズのBGMが、このオシャレな店の雰囲気にとても合っていて心地いい。

こういう店に来るのは、本当に久し振りだ。

 

依織や甲斐たちと飲むときは、いつも決まって安くて美味しいと評判の職場近くの居酒屋。

もちろんそういう店も大好きだけれど、たまにはこんな店もいい。

むしろ年齢的には、こういう店が似合うような女性にならなければいけないと思う。

 

「ここにはよく来るの？」

 

「仕事の後、たまに一人で。本当にたまに、気が向いたときだけね」

 

「友達がやってるんだから、頻繁に行けばいいのに。いつもの立ち飲みより、素敵な店じゃない」

 

「いや、あそこにはさすがに勝てないかな」

 

どうやら久我さんの中であの立ち飲みの店は、かなりランクが高いようだ。

 

「君も、こういう所はたまに行くの？」

 

「社会人になりたての頃は行ってたかな。昔は背伸びしたくて、必死だったかも」

 

若い頃は、早く大人の女性になりたくて見栄ばかり張っていた。

 

三十歳目前の今の方が、自分らしく生きている気がする。

 

「へぇ。君にも、そういう可愛いところがあったんだ」

 

「失礼ね」

 

久我さんの友人が作ってくれたカクテルが、テーブルに並ぶ。

私はミモザのカクテルに口をつけ、久我さんに質問をぶつけた。「さっきの子には、興味ないの？」

 

「あぁ、野崎さん？」

 

「可愛い子だったじゃない。いかにも男ウケしそうな感じだったし、久我さんのこと好き好きオーラ出てたし」

 

あそこまで好きだという気持ちを全面に押し出せるのも、ある意味羨ましい。

私は依織に対しての恋心をずっと誰にもバレないように秘め続けてきたから、どうすればあんな風に気持ちを表に出せるのかさえわからない。

 

「僕が彼女を好きになると思う？」

 

「……ならないの？」

 

「君なら、わかるだろ」

 

そう言われて、私は最初から答えがわかっていたのだと悟った。

あの子は、久我さんが好きになるようなタイプではない。

むしろ、ああいうタイプは避けて通るはずだ。

 

久我さんが恋をしていた依織とは、正反対のタイプだからだ。

 

「あざとい女子は、苦手なんだ」

 

「男って、大体あざとい女子が好きなのにね」

 

「昔いろいろ痛い目にあったから、もうこりごりだよ」

 

「さすが恋愛経験豊富なだけあって、見る目があるのね」

 

職業柄、数多くの女性と出会うはずなのに、その中でも依織を選んだところは本当に見る目があると思っている。

彼があざとい女子に簡単に騙されるような男だったら、私はこうして二人で会うことはなかっただろう。

 

以前依織に、久我さんと私はどこか似ている部分があると言われたことがある。

そのときは猛反発したけれど、こうやって彼の話をじっくり聞いてみると、共感出来る部分が多々あることに気付く。この日、私たちは今までしてこなかったような話を沢山した。

互いの生年月日や血液型、家族構成や出身地、趣味、よく読む本やよく見るテレビ番組の話まで多岐にわたった。

 

「へぇ、久我さんって三兄弟の真ん中なんだ」

 

「普段あまり兄と弟に会うことはないけどね。兄は仕事で東京にいるし、弟は放浪癖があって今どこにいるのかはわからない。今年の正月は沖縄にいるって連絡きたけど」

 

「見事にバラバラね」

 

「皆、マイペースなんだよ」

 

でも、家族の話をするときの久我さんは決して嫌そうにはしていない。