あの頃の甲斐は、私よりも怒っていた。

そんな甲斐を見ていると、スッと気持ちが軽くなっていくのを感じた。

 

 

今も同じだ。

甲斐は、singapore stock brokerまるで自分のことのように熱くなってくれる。

 

 

私はそんな甲斐と出会えて、こうして友人になれたことをいつも嬉しく思っているのだ。

 

 

「何でちょっと笑ってんだよ」

 

 

「だって甲斐の方が怒ってるんだもん。本当、そういうところ変わらないなと思って」

 

 

「……まぁ、少しでも笑えるなら良かったけど」

 

 

そう言って甲斐は、右手で車のハンドルを握りながら、左手で私の頭を優しく撫でた。

 

 

ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱すようなものではなく、その手はすごく温かかった。

 

 

「でも、今は笑わなくていい。……俺の前では、素直に泣けよ」

 

 

どうして甲斐は、涙を誘うようなことを言ってしまうのだろう。

 

 

頭に甲斐の手が触れた瞬間から、私の気は緩んでしまっていた。

 

 

あんなに泣いたのに。

甲斐が到着する前に、一人で胸が壊れるほど泣いたのに。

 

 

私は甲斐の言葉に甘えて、声に出して泣いた。

涙が枯れてしまうほど泣き続けた。

 

 

その間、甲斐はずっと黙っていてくれた。

 

 

何も言わずに隣にいてくれることが、こんなにも有り難いことなのだと初めて知った。

 

 

 

 

甲斐が運転する車は、一度コンビニに立ち寄った。

買い物してくると言って一人で車を降りた甲斐は、車の中で待っていた私にペットボトルの緑茶とおにぎりを二つ買ってきてくれた。

 

 

「飯まだ食べてないんだろ？食欲なんてないと思うけど、無理やりでいいから少し食べておいた方がいいよ」

 

 

「……ありがとう」

 

 

甲斐の優しさが胸に染み渡る。

夕飯を食べ損ねたことに、今ようやく気付いた。

普段なら夕飯を抜くなんてことは、炭水化物が大好きな私にとってはあり得ないことだ。

 

 

でも今日だけは、食べなくても明日を迎えられる。

甲斐がこうやって強引に用意してくれなければ、しばらく食事を取る気にはなれなかったかもしれない。

 

 

「明太子と梅だ……甲斐、さすがだね。私の好きなおにぎりの具、ちゃんと知ってたんだ」

 

 

「お前はおにぎりといえば、その二つじゃん」

 

 

私は静かに甲斐が買ってくれたおにぎりに口をつけた。

心が沈んでいるせいか、美味しいはずなのにあまり味を感じなかった。

 

 

甲斐はそのまま車を走らせ、目的地に到着した頃には夜が深くなっていた。

 

 

「海だ……」

 

 

「そ、小樽の海」夜の海なんて、滅多に来ることがない。

そもそも海に来ること自体、何年ぶりだろう。

 

 

十代や二十代前半の頃は、夏になればとりあえず海に行くのが恒例だった。

友人みんなで行くこともあれば、遥希と二人で行ったことだって何度もある。

 

 

でも二十代後半に入ってからは、徐々に海に行く回数は減っていった。

だんだん年を重ねると、海で泳ぐという当たり前の概念からかけ離れていくのだ。

 

 

「夜の海って……いいね。波の音に吸い込まれそう」

 

 

「俺はたまに来るよ。仕事で理不尽なことがあってむしゃくしゃしたときとかね」

 

 

「へぇ、甲斐でもそんな風になることあるんだ」

 

 

「あるに決まってんだろ」

 

 

車から降りた私たちは、砂浜へ下る階段に並んで腰かけた。

 

 

真っ暗な海に浮かぶ満月。

リズムよく流れる波の音。

 

 

乱れた心を落ち着かせるには、最適の場所だと感じた。

 

 

「甲斐……ここに連れてきてくれてありがとね」

 

 

甲斐が駆け付けてくれなかったら、私は今頃どうなっていただろう。

パン屋の前で人目を気にせず泣き続けていたかもしれない。

 

 

「お前、ストッキング破れてんじゃん」

 

 

「あ……そうなの。走って家を出たから、転んじゃって」

 

 

転んだときのことを思い返すと、自動的にあの寝室で見た光景が浮かんできてしまう。何度思い浮かべても、何度も泣けてきてしまう。

この痛みが消えてなくなる日は、やってくるのだろうか。

 

 

「でもさ、本当にあり得ないよな。だってお前、プロポーズされてただろ？」

 

 

「……うん、された」

 

 

あれはまだ一ヶ月前のこと。

どうして？

私が遥希からのプロポーズにいい返事をしなかったから？

だから、他の女性を抱いたの？

 

 

頭の中で、問い詰めたくても出来なかった言葉がグルグルと回り出す。

 

 

「結婚する前にわかって良かったじゃん。結婚してから不倫現場見せられた方がキツいだろ」

 

 

「……今だって相当キツいよ」

 

 

「だよな、ごめん」

 

 

四月の夜の海は、まだかなり寒い。

でも、そんな寒さなんて気にならないくらい、私の心は大きなダメージを受けていた。

 

 

「お前、まさかやり直そうなんて思ってないよな？」

 

 

「え……」

 

 

それまで目の前に広がる海を見つめていた甲斐の視線が、私に移った。

 

 

「なんかお前なら、自分がプロポーズにちゃんと返事をしなかったせいで浮気をしたんだって、相手よりも自分のこと責めそうな気がして」

 

 

「……」

 

 

甲斐は、私の心の中が読めるのだろうか。「一つハッキリ言っておくけど、浮気されたのはお前が悪いんじゃない。たとえお前が結婚を迷ったことがキッカケだとしても、結婚を迷うお前を受け止められなかった男が悪いんだよ」

 

 

甲斐は、私には責任がないとハッキリ&